ギャンブル依存について考えた事

アダルトチルドレンとギャンブル依存症の相関関係

どうもギャンブル依存症 れうです。

今日はアダルトチルドレンとギャンブル依存性の相関関係について書いて見たいと思います。

きっかけですが、ふとこの間なんとなくツイッターを見ているとアダルトチルドレンの特徴みたいなものを見つけました。

1. つねに何が正常かを推測していて、なかなか「これでいい」との確信が持てない。

2. 物事を最初から最後までやり遂げることが困難である。

3. 本当のことを言った方が楽なときでも嘘をつく。

4.   情け容赦なく自分に批判を下す。

5.   楽しむことがなかなかできない。

6. 変なところでまじめすぎる。

7. 他人と親密な関係を持つことが大変難しい。

8. 自分にコントロールできないと思われる変化に過剰反応する。

9. 他人からの肯定や受容、承認を常に求める。

10. 「自分は他人と違う」といつも考えている。

11. 常に責任をとりすぎるか、責任をとらなさすぎるかのどちらかである。

12. あるものに過剰に忠実である。無価値なものとわかっていてもこだわり続ける。

13. 衝動的である。「他の行動も可能である」と考えることなく、一つの選択肢に自分を閉じこめる。

出展;https://www.just.or.jp/?terminology=000878

見てみると結構自分に当てはまっているなーと感じました。

アダルトチルドレンについて、自分がどうなのかということを振り返りながら、ギャンブル依存症との相関関係についても考えてみたいと思います。

アダルトチルドレンとは

もともとは親がアルコール依存症という環境の元その過程で育った子供達の人格的特徴を表した言葉です。

今では機能不全家庭で育ったことにより、成人してもなおトラウマを持つ人のことを意味するのであり、病気や障害というわけではありません。しかし、この人格的特徴が根源となって二次的な精神病を引き起こしたりすることがあります。

自分の場合

幼少期

ぶっちゃけ自分が機能不全家族で育ったという認識は今までなかったです。ですが、うちの家庭は母子家庭でした。幼い頃に借金が原因で離婚し、母親に妹と僕を育ててもらいました。(借金て遺伝するんですかね・・)

幼い頃は両親の喧嘩、取っ組み合い、包丁をつきつける姿、母親が家を出て行く。そういった記憶が残っています。もしかしたらそれらの記憶がトラウマみたいなものを生んでいるのかもしれません。

しかし、もう一つ心当たりがあるのはむしろ離婚後です。

比べられる自分

妹は我慢強くおとなしい性格でした。反面僕はADHDの特徴によくみられるような性格で、基本的にだらしがないと思われていました。育てられる過程でよく妹と比べられたり、あんたは父親似だからというような事を言われて育ちました。

ですから、幼い頃から自分は良い子でなければならない、父親のようにはなってはならないという風に強く思い込んでいたような気がします。

頭ごなしに否定される自分

思えば何をしようとしても頭ごなしに否定されていたように思います。何かをしたいと訴えてみても、「どうせあんたには無理」「続くわけがない」このように言われる事が多かったです。

何かそういった意見をいっても否定されたり、シングルマザーなので、親も忙しいこともあり頭ごなしに叱られて黙らされるという事が多かったように思います。そうした結果主張するという事を忘れ、親が期待する事を最優先に考えるようになっていたように思います。

周りからの評価ばかり気にするようになった

そうした結果、親からの評価、周りからの評価を過剰に気にするようになっていきました。僕は親からあんたは素直なところがいいところとよく言われていました。

しかし、それは素直なのではなく自分がなくなってしまっただけだったのかなと思います。何を言われても「はい」「わかった」思考停止して迎合するだけになってしまったのかなと思う。

まあそれでも自分は元来自由奔放な性格だったので、親はそうはおもってないかもしれない。でも自分の感覚としてはそういう風に思う。

結果として自分に自身がなく、自分の意志がなく、周りの評価によりそって生きる人格ができあがったように思う。

と、ここまでが自分の生い立ちとアダルトチルドレンの対比です。まあ、ちょっとそういう傾向があるという感じでしょうか。

ギャンブル依存とアダルトチルドレン

ここからはアダルトチルドレンと依存症の相関関係について自分なりに考えてみたいと思います。

アダルトチルドレンは依存しやすいのか

一般的にアダルトチルドレンと呼ばれている人は何かに依存しやすいと言われています。

これは自分が思うに、親と一緒にいる間はある意味親の評価に依存していたと言えます。親の評価こそが全てだったという感じです。

これがなくなった瞬間、自分というものが元来あやふやなため他のものに依存しなくては自我が保てないと言う事なのでしょう。

だから他の人に依存してしまったりギャンブルに依存したりと言うことがおきやすいと言うことなのではないでしょうか。

なぜギャンブルに依存するのか

アダルトチルドレン的傾向の強い人というのは過剰に他の人の評価を気にしているように思います。だから、現代社会で生きる上で非常にストレスがたまりやすい。普通の人ならなんとも思わない事でも自分が悪い、批判されているように感じるのでなおさらかと思います。

そういった環境から抜け出すのにギャンブルはうってつけなのかなと思う。

僕の場合パチンコ、パチスロですが、こういう賭博場では他人は気になりづらく1人で何かに集中するという状態が作りやすく、勝っているときは幸福感を感じます。他の人が負けていれば優越感も感じます。そして何時間でもいようと思えばいられます。

現実社会にこういう空間てほとんどないんですよね。だからこそこの状況に依存しやすいんじゃないでしょうか。

こういった状況から抜け出すためには

他人の評価に依存する性格を変える

自分としては根本的な問題はここにあると思います。他人の評価がすべてであり、自分でいいと思っても自信がない。この考え方を改めねばならない。

僕もこの思考の癖がかなり強烈だったけどここ数年少しづつ緩和されてきているように思います。きっかけはすごいベタな本ですが以下の本を読んだのがきっかけでした。

アドラーの心理学をベースに対話形式で自分自信の意志で生きる方法が説かれています。この本を読んだのは4年くらい前のことだけどかなり救われた気持ちになりました。これをきっかけにだいぶ他人に依存する癖が改善されてきたように思う。まだまだですけどね。。

自己肯定感をあげる

ACの傾向がある人は自己肯定感が低いままになってしまっているように思います。実際自分は他人に褒められても素直に喜べない性格です。何か裏があるんじゃないかとか疑ってしまうところがあります。やはり自分に対するハードル、合格レベルが高すぎるというのが問題なのかなと思います。

ACの特徴として「容赦無く自分に批判を下す」冒頭には書いていませんが「1か0か思考」というものがありますが、このことを端的に表していると思います。

その考え方の癖を修正する必要があります。

その方法はよく言われることですが、なんでもいいので1日よかったことを3つどんなことでもいいのであげるという方法がいいそうです。

親の評価に依存するあまり、減点式評価が当たり前になっているアダルトチルドレンの人にとってはこういった加点方式の評価が自己肯定感に繋がると言うことなのかなと思います。

さいごに

書き出してみると案外あたりまえの論理関係だなと思いました。。アダルトチルドレン云々というようりは自己評価の低さが依存に繋がるのかもしれませんね。

読んでいただきありがとうございました!