ダメリーマン克服

仕事ができない続かない。発達障害疑惑ダメリーマンな自分の職歴一覧。

どうもれうです。

ずっと認めなくなかったけど転職してうまくいかない日々が続く今認めざるをえなくなってきました。僕は仕事ができないなーって事。

何ができないの?って事だけど主には以下の事が苦手です

  • マルチタスクが苦手(だいたい3個くらい同時進行だと無理)
  • スケジュール管理が苦手、逆算できない
  • 詰めが甘い
  • 細かいミスが多い
  • タスクを先延ばしにしてしまう
  • 焦って独断で進めてしまう
  • いやな事から逃げようとする、目を背ける
  • 自分の考えに自信がもてない
  • 遅刻が多い
  • 話を辛抱強く聞けない(聞いてるつもりが頭に入ってこない)

いや、本当自分でもよく営業やってるよなっていうくらい向いてないと思います。

昔からなんか自分まわりと違うなって思ってたけど、やっぱり発達障害なんじゃないかと思う。いままで先延ばしにしていたけど、重い腰をあげて病院に行ってきます。その話はまた今度しますね。

ちなみに発達障害な自分の過去は以下の記事でも書いてますので興味があれば読んで見てください。

子どもの頃から治らない。自分の発達障害らしき症状を解説します。どうもこんにちはreuです。 今日は自分の発達障害疑惑について書こうと思います。 とはいえまだ疑惑にすぎず診断を受けたわけで...

今日は自分がいかにダメダメだったかダメっぷりを公開します。(アルバイト時代含め)

みてて腹たつ方もいるかと思いますが、申し訳ありません。。

アルバイト歴

アルバイトはそれなりにいろんなアルバイトをしたけど、ほとんどのバイト先で仕事ができなかった。ほとんど失踪するか、やんわりやめてくれと言う感じでやめさせられた事がほとんどである。当時のバイト先のみなさん申し訳ありません。

映画館のコンセッション

コンセッションというのは映画館の売店の事をさすそうです。そこのバイト先しかそう呼んでないかもしれないけど、ポップコーンとかグッズとか売る仕事。

ここは結論からいうと遅刻や直前での休みが多すぎてクビになりました。

この仕事はすごくやる事が多くて、しかもお客さんもめちゃくちゃ多くテキパキ回さないと回らないです。僕は動きも鈍臭いし、なかなか手順も覚えられないし、やる気がないと思われていたようです。

遅刻などもだんだん増え、「これから一年ちゃんと働けるんですか?(ヤヤギレ)」と社員の方に言われ、無理だと思います。。と言って消えました。

中華料理屋

知り合いの方の中華料理屋のホールスタッフとして働いてました。しかし、やっぱり僕の動きはとろくさいらしくよく店長にキレられていました。

また注文を言われても聞き取れない事もあり、聞き返せばいいのに失礼かとおもってあやふやにして迷惑をかけるなんてこともありました。

こちらも段々バイトに入るのが辛くなったり、すっかりバイトがあることを忘れてすっぽかしたりして逆鱗に触れやめることとなりました。。

100円ショップの倉庫のバイト

これは100円ショップの店舗に送る商品を倉庫から集めて梱包して送るという仕事。これは完全にやり方がマニュアル化されており、鈍臭い自分でもなんとかやることができました。

しかし、そのバイトは勤怠管理がゆるく別にいかなくても怒られたりしませんでした。いきたくないなって時はノートに行けない日にバッテンをつければそれでよしみたいな感じだった。

ある日突然いきたくなくなり、そのまま消えることとなりました。。

ホテルのフロントのバイト

これが僕のバイト人生では最もうまくいった仕事でした。やることがマニュアル化されており、お客さんをチェックインして部屋に案内する、予約をとって入力する、掃除をする、朝食の下処理をするだいたいこれだけの仕事であり、ほとんどフロントで突っ立ているだけでよかった。

2人で回すので1人は中でさぼっててもよかったのでとにかく楽でした。

そこでは仕事は問題なくでき、むしろ非常に手際がいいと褒められていました。多分変化のない単純作業は得意なのかもしれない。。

このバイトは就職活動をきっかけにやめることになりました。

焼肉屋のバイト

就活終了後はバイトがなかなか見つからなかった。そりゃそうだ、1年くらいでやめてしまうのだから。笑

そんななかで見つかったのは韓国焼肉屋のバイトでした。在日韓国人の旦那さんと韓国出身の奥さんが切り盛りしているところでした。

そこはかなりきつかったです。その韓国の奥さんとバイト1人という体制なのだが、その奥さんがすごいヒステリックでカタコトな日本語のため何を言っているのかよくわからないと言うことが頻発しました。何かミスると「コノシロート!!」みたいな暴言が飛んでくるのでストレスしかなかった。

給料は手渡しだったが、手渡しでもらった次の日に無断で立ち去ることになった。。

スーパーのレジ打ちと夜間仕込み

これが最後のバイト。スーパーのレジ打ち。これも簡単かと思ったが結構苦戦した。お金が合わないという事が頻繁に起こりました。また、お客さんがちょっとでも対応が雑だったり遅いと怒る人が多くストレスも多かった。

また夜間の仕込みとは会計の締めとかあとは賞味期限がきれそうな商品に半額シールはったり、店じまいの処理をする仕事です。

これも俺には難しかった。賞味期限がきれそうかどうかというのは全て目視でみていかないといけない。これの見逃しが半端じゃなかった。。

ある日年下のバイトの人に「れうさんいい加減にしてください!!」とキレられた。すみませんとしか言えなかった笑

大学卒業に合わせてやめることとなりました。

社会人編

※こんな爽やかではありません。

1社目 営業時代

IT関連の会社に入りました。

営業としての仕事スタートだが、お客さんはいわゆる金融とか公共とか固めのところがお客さんでした。固めのお客さんのシステム更新はやはり大掛かりであり、提案もさることながら導入が決まった後のプロジェクト管理やら発注処理やらベンダ調整がとても大変でした。

一年目は上司と一緒になんとかやっていたが、2年目になって大口の顧客を任せられ、上司も変わった事もありいろいろ自分で抱え込みすぎてしまってダウンして休職するハメになりました。。

この時はお客さんと社内のエンジニアとの間で板挟みになったり、タスク管理やスケジュール管理がうまくできずどんどん仕事が遅れていました。あとは連日午前様の生活だったので体力的にもきつくなり、ある日失踪しちゃいました。。

いなくなった時は友達がツイッターに「れう君が行方不明になりましたー!だれかなんの情報でもいいので連絡ください!」みたいな感じで投稿して結構大騒ぎになりました。

1社目 マーケティング時代

休職復職後はマーケティング系部署に異動することになりました。

といってもマーケティングとは名ばかりであり、営業支援系の部署のような感じだった。営業さんが使う資料をつくったり、販促ちらしみたいなものを作ったり、営業さんについていって代わりに説明したり。そんな感じである。

ここの仕事はとにかく退屈で仕方がなかった。やることは毎度同じような感じだし、何か切羽詰まった目標意識もうすい、部署の役割もなんだか宙ぶらりんな感じだった。

だんだんとモチベーションがなくなり、遅刻や欠勤が増えていった。そんな状態を数年過ごして完全に問題児扱いだったと思う。このままここにいる未来がイメージできなくなり転職することにしました。

2社目 営業系

2社目が今の会社です。あまりにもモチベーションが下がっていたので、やはりある程度切迫感のある営業と言う仕事の方がいいと思ったので営業にもどりました。また、前職はシステムインテグレーションという、言うなればシステム構築が商売の会社だった。システム構築というのは大量のベンダや人を巻き込んで仕事をしなくてはならない。

それがいやだったのでプロダクトよりの会社に移りました。

そこで頑張ってますが、この会社はノルマへの要求がめちゃくちゃ厳しく多分どこかで心が折れるか体調を壊す気がしています。。また、結局プロダクトよりの会社になったとしても営業としてやはり調整ごとが多いですし、タスクやスケジュール管理なども当たり前に求められるので、そこでかなり苦戦しています。。

やっぱりまたダメな気がしています。

最後に

こうやって書き出してみるとめちゃくちゃダメ人間だし仕事できないな自分。

もう嫌だ。。発達障害治療を受けて少しでもよくなるならそうしたい。また自分の能力にあった仕事を見つけるっていうのも手かもしれませんね。

でも、アラサーになったタイミングで大きくキャリアが変わると給料もかなり下がるだろうしなかなか難しい決断になります。どうしたもんかって感じです。振り返ってみるとこう単純作業しかまともにできていない、いや単純作業でも細かい処理は苦手と言うことでこんな自分ができる仕事があるんだろうかと悲観的になってきました。。

発達障害の治療を受けてすこしでも良くなるといいんですが。。

何も有益な情報を提供できずもうしわけないです笑

読んでいただきありがとうございました。