ギャンブル依存症

ギャンブル依存症スリップの基準をどこにおくべきか

どうもギャンブル依存症で最近眼精疲労が半端ないレノです。

ギャンブルを止めたいと思い始めてもう何年たったでしょうか….娘が生まれたのが約6年前で、生まれる寸前ギャンブルで金を溶かしまくり、出産費用さえも出せないくらいカツカツ、借金まみれだった僕です。

あれから5年滑り続け今やっととまりましたw

すいません、たまにこういう下手な挿絵をいれるかもしれませんwいつまで続けるかは不明w

長かった。一年止めるのにすごく時間がかかった。いろんな罠にはまりました。またハマるかもしれません。今ギャンブルを辞めたいと思っている方に少しでも役に立つ情報を提供できれば幸いです。

今日はギャンブル依存のスリップの基準について自分なりの考えを話してみたい。

ざわつく行為はやらない

結論としてはこれかなと自分では思っています。ざわつくことはやらないと言うことです。心がざわつくと一口に言ってもいろいろなざわつき方がありますが、もっとやりたいと思ったり、本物がやりたいと思ったり、やるんじゃなかったと後悔したり、衝動がくるのではないかと不安になったりする感情です。

報酬系のスイッチが入る行為は避ける

きもい絵ですみません

自分は医学を学んでるわけではないのでざっくりとしかわからないのですが、依存症者は脳の報酬系回路に独特の回路が出来上がっていると言われています。それは脳波の反応で証明されているそうです。通常、何か嬉しいできごと、達成感を得た際に脳内物質が分泌され、それをレセプタが需要する事で快楽・幸福感を感じるように脳はできています。

依存症者の場合は、おそらくレセプタの調節機能が故障してしまっているのでしょう、一度快楽を感じるともっと欲しいと激しく反応します。もしくは、脳内物質の分泌が特定の事に偏るようになってしまうのかもしれません。梅干しを想像すると唾液がでるように、特定の音、光、状況、物質、行為などに反応すると反射的に快楽物質が出るようになってしまっています。

その回路が動き始めると、渇望現象がおきます。もっとほしい、本物が欲しいという思考になるように思います。

類似行為をやらない

なので、基本的に類似行為は避けた方がいいと思います。

例えばゲームセンターのパチンコをやる、ギャンブルの動画を見る、まとめサイトを見る、パチンコ屋に入り台の様子を見る、依存対象じゃない賭博をやる、宝くじを買う、株を買う、FXや仮想通貨をやる。

などなどです。

投資もダメなの?と思うかもしれませんが、騒つかないのならいいと思いますが、値動きの予測がつきづらいもの、価格の変動が大きいものなどは避けた方が良いと思います。結局、それらの結果が気になってしょうがないという状態になったなら、ギャンブルと何が違うのでしょう?結局ギャン中はいつも勝ち逃げができないと言う事を思い出しましょう。

実際のところ、ギャンブルではないといって仮想通貨やFX等にのめり込み大金を失い後悔する仲間の話は自助グループなどでもたまに聞きます。

また、自分は衝動が起こる事自体が不安でスリップすると言う事もよくありました。どうせ不安になるのならスリップして楽になろうという思考です。これはやめ始めによくありましたが、類似行為を行って渇望現象が起こると同じような不安にかられかねないと思います。

白黒思考がスリップに誘う

ギャンブルに限った話ではなく依存症の人に多いと言われていますが、白黒思考、100 0思考、完璧主義の人が多いです。そういう人が何かギャンブルに類似することをやってしまったと後悔した場合、スリップする可能性が高まるように思います。

例えば、ゲームセンターのメダルゲーム、自分の依存していない賭博など、そういった代替行為をしてしまった際に、やってはいけない事をやってしまったという囚われが生まれます。

もしかするとそれらの行為だけでは渇望現象が起こらない可能性はあります。スッキリしてよかったと思うかもしれません。

しかし、白黒思考が強いと自分は完璧にできなかった、じゃあもうギャンブルをやっても同じ事だという思考になりやすいと言えないでしょうか。1度も2度も変わらない、やれるだけやってしまえという思考になってしまうのではないでしょうか。

みんながみんな当てはまる訳ではないかもしれませんが、自分はこの事が怖いので類似することはやらないようにしています。

最後に

前段で自分もたくさんの罠にはまったと書きました。最初の罠はゲームセンターでしたねw ゲームセンターで打っていてもしっかりと脳汁が出る事に自分は気づきました。僕は優越感に浸る事に喜びを感じていたので、ゲームセンターでも爆だしすれば普通に興奮したのでした。それで本物を味わいたいという思考になりました。

思えば、こういった失敗を繰り返したからこそ、今ようやく止めることができたのかもしれません。人に言われても経験しなければ、じぶんで痛い目に合わなければ人は行動を変えないものです。

そういう意味ではスリップを繰り返す事も過程の一つであると言えるかもしれません。

それでは!

 

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